Hunting 猟記

春にクマを追う【特別篇】ギョウジャを採る、ヒグマを獲る。

 5月初旬、朝五時半に独り林道を歩く。あたりの景色は薄暗く、沢にそって白い靄が広がっている。ジャリッジャリッと微かに足音が響き、雪融けの沢水がチョロチョロと音を立てる。ふと、視界の片隅に黒いモヤが映り、そのモヤが音もなく動き始めた。

・プロローグ

 前日の昼過ぎ、相棒とギョウジャニンニク採りに向かった。場所は市街地から車で10分も走らない。近隣の山では比較的近い山。林道の入口に車を停め、枝沢を見ながら本流沿いを歩いていく。ギョウジャニンニクはところどころにパラパラと生えてはいるが、どうも先行者が居たらしい。それもそうだ、こんなにアクセスが良いのだから、他の山菜取りが入っていないわけがない。

 枝沢を一本一本登りながら、パラパラと生えている2枚葉のギョウジャニンニクを摘んでいく。ふと足元に目をやると何やら足跡が付いている。沢の中の泥についた足跡で、輪郭はボケていてよくわからない。長靴の跡のようなボケた足跡が見られるだけだ。「人入ってるね」と相棒がつぶやく。「クマかもしれないよ」なんて笑いながら沢をまた登り始める。しかし、ふと違和感に気付く。人が入っているのならなぜギョウジャニンニクが獲られてないのだろう。何の目的があってこんなところを歩くのだろう。だんだんと、両脇の斜面を見るのをやめて、ただ足元だけを見て歩くようになる。そして、遂に決定的な証拠を目にする。

 クマだ。何も意識しなければ見落としてしまう。そんな足跡だが、クマだとわかってみればそれにしか見えない。しかも、足跡の上にかかった枝がまだ濡れている。きっとそんなに離れていない。しかし、追う装備も心の準備もできていない。何よりその日は相棒とギョウジャニンニクを採りにいっただけ。その後、立派なギョウジャ畑を見つけ成果は上々、嬉嬉として帰路についた。

・独りクマを撃つ

 次の日、朝五時半に独り林道を歩く。あたりの景色は薄暗く、沢にそって白い靄が広がっている。ジャリッジャリッと微かに足音が響き、雪融けの沢水がチョロチョロと音を立てる…。この林道は、ゲートから入ってすぐに左尾根、本流、右尾根の三股に分岐し、最終的に合流する。師匠には足跡が向かった先、この文面で言う右尾根からアプローチしてもらい、僕は一番チャンスの濃そうな本流沿いを歩いていく。

 30分ほど歩いただろうか。足跡を見つけた沢は既に通り過ぎ、林道の合流地点を目指し歩き続ける。ふと、気配のようなものを感じた。厳密には、「そこに何か居るかもしれないな」という予感に近い。山を歩いていると何十回と感じる“なんとなく居そう”という感覚。「クマだったらいいな...」そんな少しの期待を込めて、笹薮から本流をのぞき込む。ふと、視界の片隅に黒いモヤが映り、そのモヤが音もなく動き始めた。黒いモヤはぼんやりとした球体から、ゆらゆらと四つ足の物体へと変わっていく「クマだ…。」そう確信するのに、3秒ほどかかっただろう。クマはこちらの存在に気付いたようで、沢沿いの斜面を登り始める。笹薮の中を歩いているはずなのに、ガサガサという音はしない。驚いてすっ飛ぶシカとはまるで違う。

 手に持っていた実包を薬室に入れ、ボルトを下げる。その音に反応したのか、クマはゆらりとこちらを振り向く。距離は約40m。スリングを腕に巻きつけスコープにクマの額を入れると、クマは頭を正面に向けて斜面を登り始めた。一歩二歩、何歩歩いたかは覚えていないが、乾いた音が山にこだまし、キィーーーーンと高い音が耳に残る。

 ブォオオッッ!!!ヴォォォォォオオオ!!!っと野太い咆哮が響き、水面を叩く音がする。手ごたえはあった。ただ、クマが転がり落ちた先は笹が邪魔してみることができない。バクッバクッと心臓の鼓動が銃を握る手のひらに伝わる。笹薮を迂回し、クマが居た斜面を覗き見る。その時には既にクマの咆哮はフェードアウトし、森に静けさが戻りつつあった。

 水面が赤く染まり、黒い塊が浮かぶ。「5分待て」これはクマ撃ちの鉄則である。ただ、この5分がとてつもなく長い。タバコでも吸って待てば渋いのだが、生憎自分はタバコを吸わない。空薬莢を拾い、火薬の残り香を鼻の奥まで吸い込む。この一件から、僕は火薬の香りに病み付きになってしまった。胸の高鳴りを抑え、師匠と無線でやり取りする。そうこうしているうちに5分が経った。水の浅い所を探し、先ほどまでクマが歩いていた場所を目指す。撃つときよりも大きな恐怖心が足を震わせる。いや、たしかにクマは水中に沈み、ピクリとも動かない。それでも怖い。2m程の木の枝を手にクマに近づき、クマの体をゆする。クマはベロを出し、手のひらも完全に脱力している。二の矢をかけるために装填した実包は、役目を終えずに排莢された。震える手でクマの首にロープをかけ、端に重りを付け対岸に投げ込む。川の中州までクマを引き上げ、やっとクマを獲った実感が湧く。

 やがて師匠と合流し、猟友会の先輩方が応援に駆け付ける。「おめでとう、よくやった。」この言葉が心の深い所にグッと染みる。師匠と共にクマの各部位を計測し、引き上げ作業に入る。クマには申し訳ないが「ありがとう」という気持ちが湧いてくる。これは、命を奪う側の視点でしかない。ただ、経験を積ませてくれたこと、目の前に現れてくれたこと、そして獲らせてくれたこと。この手の綺麗ごとを言うと嫌悪感を示す人がいるのは重々承知だが、この命、無駄なく利用したい。そう心の底から思う自分であった。

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