やっと手を付ける事ができました。名付けて「春にクマを追う」シリーズ。構成は前篇、後篇、捕獲篇の3部に分ける予定です。ただ、“クマを撃ったこと”自体はメインテーマではなく、あくまで春山を歩きクマを探すこと、足跡を追うこと、気持ちの変化、こういったことをメインに記事を書いていきたいと思います。それでは、よろしくお願いします。
→「令和の春グマ駆除?「人里出没抑制等のための春季管理捕獲」についての解説と従事者の一人として思うこと」
冬と春の変わり目に
季節は3月中旬、入林申請や行動予定の提出など春グマを行うための事務手続きが終了し、ようやく「従事者証」を手にします。従事者証にはオス・メスの上限捕獲数が記され、裏面には穴グマ・親子グマの捕獲が認められる範囲が記されています。
従事するのは師匠と僕の二人。師匠は口癖のように「僕はクマ撃ちたくないからな、後進育成のために銃を持っただけだからな。」と口にします。ただ、そう言いながらも僕と春にクマを追うということに喜びを感じているように見えます。基本的に、僕が先行して歩き、師匠は後ろからその背中を見ているだけですが、クマの知識や経験は飲みの席でみっちりご教授頂いています。
初日
ヒグマの許可を得てから初めての山。いつもの鹿撃ちとは少し異なる緊張感です。もちろん、ヒグマの生態については論文や書籍にて学べる範囲で学んでいますし、夏場もヒグマと関わることは多々ありました。それでも“クマを撃つ”ことに関してはド素人です。
この時期の山というのは、本当に厄介です。明け方は気温が低く雪面が凍っているため、足の装備なしでも歩けますが、日中気温が上がるとズボズボ沈むようになります。ただ、沈むからと言ってスノーシューを装備すると、次はガリガリと音がうるさいのです。極力つぼ足(何も装備していない足)で歩くため、シカが踏み固めた道を歩いていきます。
木の根元が開いているのは「根開け」という現象です。木が暖かいのかなんなのかメカニズムはわかりませんが、まず地面が顔を見せるのは沢よりも木の根元の方が先である、ということがわかります。
しばらく歩いていると、足元にチラッと「何か」が写ります...。
見た瞬間、はっと息をのみ脈拍が上がります。コレは………。
シカですね。いやはや見事な擬態。動物について詳しくない人が見れば、クマと見間違えて通報してもおかしくありません。気を張って歩いているだけに、大きな安堵感が押し寄せます。同時に「こんなクサい(怪しい)足跡ひとつに緊張して、この先やっていけるのか?」と少し自信が無くなってしまった自分が居ました。
この日はこれで終了。「この一カ月で一度でも足跡が踏めれば大したもんだ」と師匠は言いますが、どうしてもクマを撃ちたい僕としては、少し物足りなさを感じての終了でした。
吹雪に見舞われる
この時期はたった数日山に入らないだけで、景色が大きく変わります。また、斜面がどちら側を向いているか、標高が高いか低いか、そういった要素も絡んで、本当に色々な顔を見せてくれます。2日目は天気予報を確認し初日とは異なる山へ入ります。
この山はだいぶ尾根の雪融けが早く、既に地面が見え始めています。ただ、地面が出たら出たで、これまた厄介です。地面が出るような場所は、雪もグシャグシャと柔らかく、スノーシューなしではまともに歩くことが出来ません。しかし、スノーシューを履くと今度は地面の枯れ枝や笹がスノーシューに絡んで不意に転倒しそうになります。
沈んだり必要以上に足を上げたり、慣れない環境で気を張っているため、あっという間に体力を消費します。そんなときは一服です。飲み水を温存するため、コップに雪を溶かし固形燃料で沸かします。おやつは鹿肉ジャーキー。しょっぱさとブラックペッパーの辛さがクセになります。
一服を挟みまた稜線を歩き始めると、空がどんどん暗くなっていきます。流石にマズイと思いレインウェアを装備すると、とたんに風が強くなり、雪がほとんど水平に流れるような吹雪に見舞われます。幸い、降りる予定の場所までもうあと少しでしたし、スマホの電池も余裕があったので、GPSを見ながら尾根を下り、無事下山地点に到着しました。
春の訪れ
この日はルートを尾根から林道に変え、クマの痕跡を探していきます。もちろん、林道は除雪されていないので徒歩での入山です。
林道の端に、綺麗に咲いたフクジュソウを見つけました。今この記事を書いている僕から見たら“ただの綺麗な黄色い花”って感じですが、長い長い冬の終わりを告げるフクジュソウは、初物を見るととても嬉しい気持ちになります。「やっと春の訪れだ!!」とテンションMAXで写真を撮るのですが、大体毎年同じことをしているので、スマホの「一年前の今日」みたいな機能で、フクジュソウのほとんど変わらない構図で撮った写真が出てきます。
林道沿いの南側斜面は、だいぶ日に照らされて雪が融けています。笹はまだ起き切れない様子です。笹薮が立つとクマ撃ちは絶望的になるので「立つな立つな」と念じながら歩いていきます。
少し標高を上げて北側斜面に行けば、まだ地面の見えていない真っ白なエリアが残っています。そこに、まるで土俵のように赤茶色が広がっている場所があります。クマゲラが木をつついた跡です。トドマツの樹皮も、白っぽいものから黒っぽいもの、内側が赤いところや薄茶のところがあって、まるでモザイクアートのようで綺麗です。
この日はとくに収穫はなく、フクジュソウとクマゲラに癒された一日となりました。
ワシはシカにつく
残雪の多い山で、トボトボ林道を歩いていると、とても大きな鳥が羽ばたくのが見えます。オジロワシかオオワシか、後を追うとシカの残滓が放置されていました。市内のハンターかもしれませんし、猟期中なので市外のハンターかもしれません。
よく、オジロワシの鉛中毒なんかで「ハンターがワシを苦しめている」と訴える人が居ますが、苦しめている“だけ”ではないような気がします。鉛中毒によって害を被るワシ以上に、ハンターの捌き残しの恩恵を受けているワシの方が多いような気がしてしまいます。
そんなことを考えながら歩みを進めていると、これまた大きな虫に出会います。マイマイカブリですかね。「もうこんな大きいサイズの虫まで活動を始めているのか…」と、妙に感動してしまいます。
クマ穴に入る
この日の目的はヒグマの冬眠穴に入ること。といっても、既に知られている穴で、まだ雪の多かった時期に一度穴に入っているかどうかをチェックし、入っていないことを確認した穴です。
クマの巣穴の入口はこの雪の下に隠れています。入っていないとわかっているとは言え、パンドラの箱を開けるような緊張感が漂います(パンドラの箱は開けたことありません)。
ちなみに師匠はというと、「そんな怖いこと僕はできない」と言って、遠目に僕を見つめていました。師匠は良い意味で“クマに対して非常に憶病”なのです。それはハンターとしてとても大事なことだと僕は思います。
穴の中の様子はこんな感じです。2年以上使われていないはずですが、しっかりと原形をとどめています。
穴の奥まで進むと、壁面にクマの爪跡がついています。爪痕に感動するのもつかの間、ものすごい量の羽虫(蚊のようなもの)が舞い上がり、口や鼻に入りとても気持ち悪かったです。恐らく数年使われていない穴だからでしょう。この穴のクマは、シカの一斉駆除の銃声に驚いて穴から飛び出てきたそうです。その後皆で巻いて捕獲を試みたのですが最終的に獲れなかったようです。
クマの巣穴の構造は、地形や地域、クマの性格により十熊十色ですが、オーソドックスな穴の形は上の図のような形になると思います。ただ、本当に十熊十色、笹を中に敷くクマがいれば敷かないクマもいる。急な斜面に作るクマもいれば木の伐根下に作るクマもいる。
そして、この巣穴の大きな特徴は、街を見下ろせる場所にあること。もうほんとに、巣穴から1㎞も行かないうちに住宅街があります。こんな街の近くで穴を掘るものなのかと、とても驚きました。恐らく、そういうクマは増えているのではないでしょうか。町内放送や重機、ごみ回収車の音を日常的に聞いていて、車も人も見慣れている。人間が気づかないだけで、彼らは人間のことをよく見ているのではないでしょうか。
後篇に続く
淡々と書き綴ってきましたが、ここまでで前半終了です。もっとたくさん歩いたような気がしていましたが、改めて日数にすると意外と少ないですね。後篇では、もう少しクマが関わってきます。それでは、後篇でまたお会いしましょう。