皆さんこんにちは。エアライフルを曲げてからはや1週間。明後日修理に持っていく予定です。今回は少し真面目な記事を書こうと思います。初めて獲物に引き金を引いた日というのは、つまり今日です。今朝の出来事です。
僕が初めて獲物に引き金を引いた日
ではなぜいつものように猟日誌として投稿しないのか。僕は狩猟と有害駆除を分けたい人なんです。「狩猟も有害駆除も命を奪うことには変わりないだろう」と言われるとその通りなのですが、あくまで個人的に、「僕のなかで分けて考えたい。」それだけです。
狩猟は獲物を獲りたいという想いが強く、僕の中では「食べるための殺生」という認識です(まだ坊主ですが)。その1羽をとるために、戦略を練って駆け引きを行い、技術が野生を上回ったとき獲物を手にすることができる。狩猟を通して自然の豊かさや恵みに感謝できると考えています。しかし、僕にとって有害駆除は「減らすための殺生」で、狩猟における感覚とは少し違います。仕事柄有害駆除に関わることが多いというのもあるかもしれませんが、罪悪感や心の抵抗など、有害駆除の方がより胸を締め付けます。
林道を歩く
今日の日の出は5:55。今朝の気温は6℃です。段々と冷え込みが厳しくなってきました。家から持ち出す弾は5発。師匠からもらった一昔前の猟友会ベストを着て林道へ車を走らせます。僕と師匠の話を、記事にしたいしたいといつも考えているのですがなかなか手が回りません。僕は最近師匠について回って山のイロハを教えてもらっています。15分後ほどで目的地の林道へ到着しました。
僕の師匠は殆ど「単独忍び猟」でしかシカを獲りません。師匠の教えを反復しながら林道を歩いていきます。遠くでシカのラッティングコールが鳴り、近くのトドマツではカケスがギャーギャー騒いでいます。シカが居なくても、林道を歩くというのは楽しいものです。先週まで山を彩っていた紅葉も、黄色い葉はほとんど落ち、裸の木が多くなりました。先日同じ場所に来た時は、サルナシを食べてまみどりになったクマの糞を見つけましたが、今日はありません。クマはサルナシが大好きですが、僕もサルナシが大好きです。クマに食べられる前にいくつか食べておきます。
サルナシで喉を潤すと、今度はマタタビが落ちています。動物はマタタビの実が好きですが、僕はマタタビの実は嫌いです。疲れた旅人がマタタビの実を食べると甘くてさっぱり、元気が出てまた旅ができるなんて説もありますが、僕が今まで食べたマタタビはすべて苦くて辛いマタタビでした。しかし不思議なことに、二人三人で食べると誰かは美味しいと言うんですよね。舌が合わないのかなんなのか、しかし懲りずにチャレンジしてしまうんですよね。
そんなことを考えながら林道を歩いていると、今度はムキタケを発見します。僕はムキタケが大好きで、先日もボリボリ、ムキタケ、ナメコを使ってきのこそばを作りました。ムキタケは別名「山のフカヒレ」と言われています。ちょっと僕が「海のフカヒレ」を食べたことがないので比較にならず申し訳ないのですが、ムキタケはとにかくプルンプルンで、味が染みて美味しいのです。今回はサイズが小さかったのでとりませんでしたが、いつのまにかキノコの目になって山を歩いていました。ムキタケ恐るべし。
そんなこんなで林道を一人歩いていると、ポツポツと小雨が降り始めます。到着したときは日光が紅葉に当たりとても綺麗でしたが、景色は一変、薄暗く冷たい山になりました。とにかく雨が冷たく、銃もあまり濡らしたくないので車まで戻って引き上げることにしました。
オスジカと出会う
車へ戻り、装備を解除して林道を引き返します。今日は「キノコそばの記事でも書こうかなー、でもムキタケとらずにおいてきちゃったしなー」なんて考えながら車を走らせていると、目の前に4尖のオスが現れました。車を止め、再度銃の準備をします。目の前にと言っても、車からオスは100m程離れています。流石に発情期の判断力の鈍ったオスでも、人間が遠くで何やら準備をしているのは気持ち悪いのでしょうか。銃の準備が終わり顔を上げた頃には姿は消えていました。
しかし、そう遠くへは行っていないという確信があったので、少しずつ先ほどまでオスがいたところへ距離を詰めていきます。80mほど歩いた頃、右手ののり面からガサガサッと笹をかき分ける音が聞こえました。先ほどのオスが沢をまたぎ、斜面をのぼっている途中でした。
林道から外れ、弾倉に弾を込めてスコープを覗きます。距離は60m程でしょうか。のり面の勾配がきついため、バックストップも確保されています。師匠の教えの通り、スリングを左腕に巻き付け肘を張ります。スコープの中心は首のやや左上、倍率は3.5倍、親指に力をこめてそっと人差し指を巻きます。爆音と同時にガサガサガサッとシカが斜面を滑り落ちる音がします。キィーンと耳鳴りが続く中、忘れていた呼吸が遅れてやってきます。ずいぶん長い間息を止めていたようでハッ…ハッ…ハッ…っと息切れのような呼吸になります。
自分との闘い
呼吸を整え、一度車に戻り双眼鏡でシカの場所を確認しますが、藪に埋もれて見えません。沢を渡り、斜面を登り、汗だくになって探します。獲物が落ちるのが目に入っていたので、斜面の中腹を重点的に探していたのですが、実はあまり落ちておらず、撃たれた場所から3mほど下のハンノキに引っかかっていました。弾痕を確認すると、しっかりと首に着弾していました。斜面から降ろすのはそう大変なことではありませんでしたが、沢を渡り林道まで引き上げるのに一苦労です。100㎏はありそうな個体を一人で引きずるのは甘くありません。おまけに4尖のオスジカなので、ブッシュに角がひっかかってまあ大変です。この時の僕の心拍数がすべてを物語っています。
ウインチは土にワイヤーが食い込んでほとんど使い物にならず、結局ほぼ人力で引っ張りあげることになりました。1時間半は格闘しました。もう体中バキバキです。撃った個体は車へ積み、食肉処理施設へ搬入しました。肝心の計量ですが、前日まで普通に使えていた計量器がなぜか僕のシカを吊ったタイミングで故障。僕はとてつもない苦労をして引き上げたので100㎏はあると信じていますが、処理施設の社長の予想は93㎏、処理施設に居たベテランハンターっぽい方は95㎏くらいかな?となかなか大台にはのせてくれません。うーむ、本当の重量は山の神様のみぞ知るといったところでしょうか。
答えのない話
今回僕は初めて獲物を銃で撃ちました。くくり罠はずっとやっているのでシカを獲ったのが初めてという訳ではありません。アライグマの止め刺しも3桁経験しています。そのほとんどは電気殺です。駆除を行っていると、どの方法が一番苦しみを与えないか?という問いは延々と頭の中に残り続けます。動物達にとっては命を奪われるわけですから、「どの方法なら良い」ということは絶対にありません。命を奪う事自体、100%正しい事ではないと僕が思うからです。しかし、それでも命を奪う者として極力痛みを与えない義務があると思います。
話は戻りますが、僕は今日初めて銃で獲物を仕留めて、改めて銃でネックやヘッドを撃つことの意義を感じました。獲物が意識を失うのは一瞬で、僕が今まで行ってきたどの方法よりも素早い決着でした。人が近づいてくる恐怖で暴れることもありませんし、断末魔の叫びをあげることもありません。ただただ、素早い決着でした。もちろん、銃であれば殺して良いという極論ではありませんし、市街地に出没する個体のように、銃では解決できない個体が居ることも、銃所持者の肩身が狭いことも承知しています。捕獲方法は適材適所ですし、僕も罠は有効な手段としてずっと使い続けると思います。ただ今日の出来事は自分の中で大きな意味を持つと感じました。
僕はまだ、社会人としてもハンターとしても人としてもひよっ子で、知らない世界や気付いていない事が山のようにあると思います。でも、数年後、数十年後にこの記事を読んで、心境の変化等があればまたそれも文として綴ることが出来ればいいなと思います。